美しい日本語
電車の中や街で擦れ違う女子高校生や中学生の会話を聞いていると、理解不能な隠語、下品な言葉が飛び交っていて、美しい日本語はどこにいったんだろうかと思うことがあります。
日本語の乱れが指摘されるようになって、随分経ちますが、一向に改めようという動きが起きないのが不思議です。
敬語や謙譲語の使い方を知らない若い人が大部分で、やはり大人の責任に帰すのだろうかと半ば諦めているのが、世の大人でしょうか。
できるだけ美しい日本語を使ってほしいです。
そして、グローバルな意識と地球サイズの感性を持った子どもになって欲しいのです。
風の音に命を感じたり、宇宙の彼方にある星の輝きを想像したり・・・。
今でも 歌い継がれている童謡や、なにかメッセージを伝えたいという思いで書かれた歌はみんなすばらしいものです。
幼い時からそんな歌を聴いたり歌ったりすることをくりかえす事で知らず知らずのうちに、子どもたちは美しく正しい日本語を身につけていくと思います。
ある絵本作家の方がおっしゃるには、絵本に添える言葉は飾りがなく、シンプルでしかも美しくということでした。
子どもたちのイマジネーション、想像力の翼を折らないために、それは欠かせないということです。
子どもたちの純粋で繊細な心がそのまま育ちますように、という願いからでしょう。
命令するより、お願いしましょう
『軍隊の上官でもない限り、他人に対しては、
命令するよりもお願いした方が良い結果を生むでしょう。』
軍隊では、多くの時間を費やして、上官の命令に従うよう兵士を厳しく訓練します。命令に従うことは兵士にとって必要な要素なのです。
でも、毎日の生活においては、何事もそのようにはいきません。
ビジネス・政治・市民のリーダーたちは、一般の人たちがひときわ優れた仕事をするのは、命令された時ではなく、頼まれた時であることを知っています。
あなたが人を管理する立場にあるとしても、人に命令するのではなく、お願いすることによって、はるかに多くのことを達成できるでしょう。
「...してもらえませんか?」「...手伝ってくれませんか?」という言い方や、常に効果的な「お願いします」という言い方をすることで、人を威圧するよりもはるかに多くの成功が確実なものになります。
あなたの支配力が及ばない人たちの協力が必要な時にはなおさら、命令するよりもお願いする方が、はるかに良い反応を得られることでしょう。
言葉を探す医学生
ある大学で、医学生が医師、患者、家族役を演じ「がん告知」を体験する特別授業がありました。
60歳男性の肝がんで、手術が成功しても、再発し、1年以内に死亡する確率が90%以上という設定です。
「患者との信頼関係を築くために、早い段階から準備をする必要がある」ということでこの授業が取り入れられたそうです。「コミュニケーションが取れない若い医師が多い」という声をよく聞きます。それだけに、死亡率などの数字を並べて機械的に説明する学生もいるだろうと思われていました。でも実際は違っていました。
「治るんですか」と尋ねる患者や家族役に、「難しい」「ただ手術が成功すれば、1年、それ以上生きられる方もおられます」と医師役が答える。これからの治療や生活に希望が持てるような言葉を懸命に探しているのがわかったそうです。
「死ぬしかないんですか」との迫真の演技に、医師役が「全力を尽くして、生を全うできるようにサポートしていきたい」と詰まりながら話していました。『生を全うできる』という言葉にはっとしました。
授業の最後に、家族役をした学生が「『生を全うできるように』の表現は『死の宣告』と受け取った」「がん告知の日にそこまで言わなくても」と感想を述べました。
同じことでも伝え方で受け止め方が異なります。参加した約90人の学生は「医者は知識や技術も大事だが、相手の気持ちを思いやるためにも経験と教養が必要な仕事だと思った」と感想を漏らしました。その初々しい気持ちを忘れないでほしいと願います。
親子の会話
親子の会話その1:
子ども 「ママ、あそこにすごくきれいなお花がさいている!キレイダネエ!」
親 「よそのおうちのお花なんだから、さわったらだめよ。
さっさと歩きなさい。」
親子の会話その2:
子ども 「みてみて!逆上がりできたよ!もう一度やってみるから、
みててね!」
親 「その鉄棒よごれているから、ほらもうお洋服よごれてしまったじゃ
ないの。」
親子の会話その3:
子ども 「漢字のテストで1コまちがえて、90点だった。」
親 「正確に、きっちり覚えないからまちがえるんでしょう。
今度は100点がとれるようにがんばって。」
自分が親ではなく、子どもの立場だったらどんなふうに親が返答してくれることを望むでしょうか?子どもが赤ちゃんだったころ、親たちはどのようなことばをかけておられたか、覚えておられますか?まだ自らことばを話せない子どもに、離乳食を食べさせながら「おいしいね」、おむつをかえながら「気持ちよくなったね」と子どもの気持ちを代弁しておられたことでしょう。「おもしろかったね」「こわかったね」など、赤ちゃんを育てているときって、子どもの気持ちを親がそのまま自然に口にすることができたと思います。
今は? いつまでもそんなわけにはいかない・・?
まあ、そうなのですが、親子なのですから、子どもがどう感じているかを敏感に感じ取って共感しあえたら、お互いにとても豊かなやりとりになるのではないでしょうか。「きれいね」とか「うれしいね」か、肯定的な事柄ばかりではなく、「悲しいね」「淋しいね」なんていうことばも、子どもが感じていると思えば、親がことばにしてあげてほしいものです。
というふうに考えると、上にあげた「親子の会話」の「その1からその3まで」の親のことばが、どんなに子どもの気持ちからズレているか、どんなに子どもをガッカリさせているか、ご理解いただけるのではないかと思います。
もちろん「これが正しい会話法」というものなどありません。親にこころのゆとりがあれば、自ずと気持ちを受け止める「ゆとりことば」になることでしょう。親も子どもとともに「きれいね」「うれしいね」「よかっ
たね」とたくさん言えるといいですね。
父親の役割、母親の役割
いろんな人とのかかわりが子どもの豊かな人格をつくるのです
男性にも女性にも備わっている「父性」と「母性」
働くお母さんが増えたこともあり、近年、お父さんの子育てに対する役割が注目されるようになってきました。親も子も週休二日制が浸透し、父親が子どもと接する時間が増えたことも関係しているでしょう。とはいえ、中には仕事が忙しく、子どもと話をする時間すらないお父さんもいます。またシングルマザーやシングルファーザーなど、家庭の形も多様化しています。だからこそ改めて、子どもたちにとって父親とは何か、母親とは何か、理解しておくべきではないかと思います。
一般に、父性原理は「切断する」機能、母性原理は「包含する」機能を主とすると言われています。つまり父性は、子どもの能力や個性を見抜いて、強いものをつくり上げて行く役割。母性は、何でも受け入れる役割。どちらも人間の成長にとって大切なものです。父親は父性、母親は母性と思われがちですが、女性にも父性、男性にも母性があり、一人の人間がどちらもあわせ持っています。子どもには父親と母親が必要と言うより、父性と母性が必要と言った方が適切かも知れません。父親でも母親でも、父性・母性の良い面を、場面に応じて引き出すことが大切です。
いろんな人とのかかわりや豊かな経験が子どもを育てる
誰もが母性と父性を備えているのですから、母子家庭でも父子家庭でも子育てに問題はありません。ただ一人では、どうしてもパワー不足になりがち。子育てに限らず、何事においても、一人より二人の方が負担は軽くなりますよね。「二人分の役割をこなさなくちゃ」と気を張るよりも、「一人でできるわけがない」と思って肩の力を抜いてみましょう。肉体面でも、一人ではどうしようもないことがあります。例えば、子どもが感じる感触です。子どもは女性に抱かれている時やわらかくフワフワしていると感じ、男性に抱かれている時かたくゴツゴツしていると感じます。フワフワもゴツゴツも、子どもの「豊かな経験」の一つ。もうひとつ言うなら、女性と男性とは遊び方も違います。お風呂に潜ってみたりするような、一見乱暴に見える男性の遊び方に、子どもが大喜びしている様子を見たことはありませんか。優しく接するのも、大胆に遊ぶのも、いろんな人とのかかわりで経験できるのです。
もちろん子どもにいろんな人とかかわらせてあげるには、親自身の人間関係が豊かでなければなりません。おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に住んでいる、親のお友達がしょっちゅう出入りしている・・・など、どんな形でも構いません。親がいろんな人とかかわりを持つよう心がけてみましょう。それが、子どもの豊かな人間関係、豊かな人格形成につながるのです。
子どもが小学生で、仲の良いお友達がいるなら、そのお友達の家へ泊まりに行かせてあげてもいいかも知れません。よその家は、子どもにとってまさに異文化。食事の習慣やお風呂の入り方など、家によってみんな違うので、そんなことを体験することも大切です。お父さんがいない子も、お父さんのいる家を経験することができます。また幼児の場合は、地域の子育て支援サークルに通うのも方法です。自分だけでがんばらず、いろんな人の力を借りることを考えてください。
母親は父親の良い面を伝える、
父親は子どものために時間をとる
子どもに、いろんな人とのかかわりを持たせてあげる。これは、一人で子育てしている親だけのテーマではありません。お父さんが子どもと接する時間が少ない家庭も真剣に考えてみてください。というのは、お父さんが多忙で、専業主婦のお母さんが一人で子育てを担当している家庭では、子育てのストレスがたまりやすいといわれています。そのような家庭で母親が子どもに愚痴ばかりこぼしていると、子どもにとって「お父さんは悪い人」になってしまいます。まずは、お母さんが子どもにお父さんのことをポジティブに伝えてください。「お父さんは、こんな仕事をしているんだよ」とか、「お父さんが、こんなこと言ってたよ」とか、良い面を伝えることで、父親とのふれあいの少なさをカバーしましょう。そして家に閉じこもらず、いろんな人とおつきあいするよう心掛けてみましょう。趣味を広げるのもいいかも知れません。もちろんお父さんも、子どもと接する時間をとれるように努力してください。
子どもがつきあう相手を親の価値観で選ばない
家庭の形態や事情はともあれ、子育て中の親にとって大切なのは、子育てを自分だけの問題として抱え込まないことです。「自分は母性が強いか、父性が強いか」と、自分の個性を客観的に分析してみるのもおもしろいことでしょう。自分がどういうタイプなのか認識していれば、足りない部分を他の人にお願いしやすいですよね。両親、友達、近所の子ども、よく行く店のおばさん、子育て支援サークルの担当者など、いろんな年齢のいろんな人に助けてもらいましょう。
この時、注意したいのは親の好き嫌いを押しつけないこと。「あの親とは話が合わない」「あの先生は教え方がよくない」「あの子どもは行儀が悪い」など、親の価値観で子どもがつきあう相手やつきあい方を安易に判断しないでください。特に小学生になると、子どもは親の知らないところでも交友関係を結びます。いろいろな人とのつきあいにはプラスになるものがあると信じて、子どもとかかわっていきましょう。
親子の会話が大事
話すこと、聞いてもらうことは自信につながる
うれしかったことも悲しかったこともまず、子どもの話を聞く
携帯電話やメールなどの発達で、人と人のコミュニケーションが多く取れているように思える昨今ですが、本当にそうなのでしょうか。実際は、直接顔を合わせてお互いがしっかり話し、聞き合うような場が、少なくなってきているように思われます。親子の間ではどうでしょうか。子どもとよく話をしていると思われる人も、親から一方的に話しているだけではないか、子どもが自らたくさん話をしているかどうか、一度振り返ってみたいものです。特に気にかけておきたいのは、子どもとの会話の中に「友だちとケンカした」「テストの結果が良くなかった」「先生に叱られた」など、「つらかった」「悲しかった」「がっかりした」話がたくさん出てくるかどうか。そういった、子どもにしてみれば親に話しづらいような話が出てこないようなら、注意が必要かもしれません。子どもは親の前ではいい子でいたがる傾向がありますから、良い面だけを親に見せて、本当に困ったことがあっても相談せず、自分の中にため込んでいるかもしれないからです。
もし子どもがダメな自分を見せたなら、それは子どもの思いをゆっくり聞くチャンスです。話を聞きながら、子どもの立場に立って、その時の子どもの気持ちをじっくり考えてみましょう。そんな親の姿勢を感じると、子どもは「親に話して良かった」と思います。「話して良かった」経験がある子どもは親を信頼し、何でも話すようになるでしょう。逆に子どもががんばってダメな自分を見せた時に、頭ごなしに「どうして、そんなにダメなあなたなの」と言ってしまうと、「親に話をしてもムダだ。話さないほうが良かった」となりかねません。
子どもの「つらかったこと」や「悲しかったこと」に共感することは、親からの「ひどい思いをすることになったあなた。そんなあなたを愛しているよ」というメッセージにもなります。ダメなところも愛してくれる親になら、子どもはいろいろなことを話せるし、相談できます。そして、どんな時でも、子どもを認めて、受けとめる。それによって親子の信頼が深まるとともに、子どもの中に、「これでいいんだ」という自信が育まれていきます。
たくさん話をする経験が大人になってからも役に立つ
大人も子どもも、毎日の生活では、うれしいこと、楽しいことだけでなく、つらいこと、悲しいことやみじめに思ったりすることがあります。つらい、悲しいといった否定的なことは人に話しにくいものです。しかし、そうした否定的なことも含めて、自分のいろいろな思いをそのまま口にすることは大切な自己表現の一側面です。話すことで、あらためて自分がどう感じたのかがはっきりしますし、どう話せば相手にわかってもらえるかを考えるきっかけにもなります。子どもが話をしようとしているのは、自分を表現しようとしている時。その時は、あまりこちらから根ほり葉ほり質問したりせず、まずはじっくりと耳を傾けてみましょう。途中であれこれと口をはさむと、子どもの話す意欲を損ないかねません。
自分の話をしっかり聞いてもらう経験がたくさんあると、悩みや言いにくいことも、だんだんと上手に伝えることができるようになります。それにつれて、自分の中で気持ちの整理もできるようになっていきます。否定的なことを日々周りに話す経験をしていないと、耐えがたいほどつらいことがあった時でも、「かっこ悪いところを見せられない」「自分で何とかしなくちゃ」と一人でがんばってしまいがち。しばらくはがんばれても、抱え込んだまま、本当にどうにもできない状況になるとパンクしてしまいかねません。やはり日頃から、子どもが何でも話せる関係が大切だと思います。
一人でがんばらず誰かに話を聞いてもらうのは、親も同じ
子どもの話を聞いてあげようとがんばる前に、親自身は、誰かに自分の話を聞いてもらえているか、振り返ってみませんか。つらいこと、悲しいことに共感してくれる人の存在は、大人の私たちにも、とても大切です。でも、子育てや仕事が忙しくて、ゆっくり話もしていられない、という状況かも知れません。そんな時こそ、自分の中の否定的な感情を、誰かに共感してもらえたら気持ちが楽になりますよね。一人ぼっちにならないで、身近な人に話してみませんか。
誰かに話を聞いてもらって自分の気持ちにゆとりができれば、子どもの話も余裕を持って聞くことができるようになるかもしれません。
子供の意見を聞きましょう
言葉や行動の奥には子どもの本当の思いがあるのです。
子どもの意見をきくことは、子どもの言いなりになることではない
子どもの意見を聞くということを「子どもの意見に従う、言いなりになる」ことのように受け取る人がいます。子どもの意見を聞くことは、子どももいろんなことを感じている、考えているのだ、と親が気づくきっかけになると考えてください。子どもの言葉を聞くと共に、言外にある子どもの気持ちをくみとり尊重することが大切です。
子どもは自分の思いを整理して、話したり行動したりしているわけではありません。だから、親としては子どもの言葉のはしばしや行動から、その背景にある思いを理解しようとする姿勢が求められます。なぜそんなことを言うのか、そんな行動をするのか。理由がすぐにはわからないことも多いと思います。そんなとき、親は「こういうことかな」と推測する余裕を持ちたいものです。子どもの深いところにある気持ちに近づく努力をし、思いやる姿勢が重要なのです。
子どもの気持ちを察して、それに応える行動を
子どもの言葉や行動からその思いを推し量ったら、親はその気持ちに寄り添ってみることが大切です。「あなたの気持ちはわかる」ということを伝えるのも重要。その上で、「私はこうした方がいいと思うわ。なぜなら・・・」と親の意見を伝えます。そのコミュニケーションの中で、子どもは自分の気持ちを表現できるし、親の思いも知ることができます。
これは叱るときも同じです。例えば、子どもが小さい弟や妹をたたくという行動があっても、単に叱るのではなく、「どうしてそんなことをしたのだろう」と考える余裕を持っているならば、「親をとられたような思いがして、寂しかったのだろう」などと気持ちをくんであげることができます。そんなときには、抱きしめてあげてもいいし、「○○ちゃん、大好きだよ」と伝えてもいい。
子どもは敏感なので、親がどう思っているかをよく感じ取ります。親が自分を大事にしてくれていることを子どもがきちんと感じ取れれば、「してはいけない」という親の意見も受け入れられるようになります。
親もしっかり考えることが大切
子どもの意見を聞くという行動は、親子ともども「自分で」考える力をつけていくということでもあります。「自分はこう思う」というやりとりが互いにできた上で、一緒に考えることを通して子どもも親も共に育っていけるのではないでしょうか。
子どもがこうしたいと言ったら、その通りにしなければいけないと思い悩んでしまうのは、親自身が子育ての中で、はっきりとした判断基準を持てていないためではないかと思います。叱るのも、それをやめさせたいという判断基準があってのこと。どういう人間にそだてたいかを、たえず、しっかり考えることが大切だと思います。
子どもに意見を聞いて、それに合わせるのではなく、親も自分の気持ちや意見を必ず伝える。そうする中で、相互に理解し合うと共に、親としても子どもと共に成長していけるのです。
やりとりの中で、柔軟性をつちかう
子どもの意見に対して、親が常に一貫性のある判断をすることは難しいものです。親も人間ですから、その時々で子どもへの対応が変わることがあります。日々の子育てには、判断基準を持つことに加え、柔軟性もまた大切です。子どもとのやりとりの中で、子どもの主張がもっともだと思えることもあるでしょう。「なるほど、それなら今度からこういうふうにしようか・・・」と提案してみてもよいかもしれません。
子どもの気持ちや考えを聞きながら、柔軟性をつちかっていきたいものです。
評価ばかりを気にしない
親の思い 子どもの思い
評価の観点が違う
親はどうしてもやる気や意欲よりもどれだけできたかの到達度の方を重視し、何ができたか、何ができなかったか、といったことについつい目を向けてしまいがちです。子どもとどう向き合うか考えてみましょう。"達成"のところだけを注目するのではなく、子どもがどんなことに意欲を持って取り組んだかということに目を向けてあげてください。
子どもは親の思いに敏感
子どもは、親が自分のどこを見ているかに非常に敏感です。親が思っている以上に、親の期待に応えたいと思っているものなのです。親が喜んでくれるのは、何ができた時なのか。何かに一生懸命取り組んだ時?それともテストの点数がよかった時?友達に親切にした時?子どもは親が期待することを、親の言葉や態度から敏感に察知して、知らず知らずのうちに、親の望む方向に合わせるようになっていきます。
親がテストの点数に目を向けると、子どももテストの点数を一番気にします。親が意欲や積極性を大切にすれば、子どもは自分からすすんで取り組もう、と思うようになります。
「ここまで、できた」ことをまず認めよう
テストで子どもが90点をとったとします。親はどうしても相対的な見方をして、「クラスで100点は何人いたの?」「A君やB子ちゃんはどうだったの?」と聞いたりしがちです。他の多くの子が100点をとっていて、自分の子が90点では親は満足できないのかもしれませんね。
でも、そのテストで90点をとったということは、9割が正解なのですから、よくできています。子どもは「家に帰ったらきっとほめてもらえる」と、自信をもってテストを見せることでしょう。その時、「よくできたね」ときちんとほめてもらえると、子どもは「次も頑張ろう」と思います。反対に、ほめられるより先に「他の子はどうだったの?」と言われると、子どもは「まだ、だめなんだな」と思ってしまいます。この時の親の態度の違いが、子どもの自信の芽を育てるか否かにつながっていくのです。
子どもの自信の確立や自己意識は、まわりが自分をどうとらえているかが多分に影響します。その中でも「親」の存在は子どもには最も影響力が大きいものといえます。
ですから、テストや通知表などを持って帰った時には、できていないことを問題にして叱ったり、クラス全体や他の子どもたちと比較したりするのは、あまりいいとはいえません。たとえ、思ったほどよくない結果であっても、子どもが「できたこと」に注目して、しっかり認めてあげましょう。
親は、子どもの味方に
先生と親と子どもの三者の関係を考えてみましょう。先生は学校生活において、子どもを見ている人ですね。学校生活においてどこまで子どもに力をつけさせるか、基準が国によって定められています。この基準によって子どもを指導、評価するのが先生の立場です。
親の立場は、当然、先生とは違っているはずです。先生が子どもに対して指導する側にいるのなら、親はどちらかといえば、子どもの側に立ってあげてほしいのです。そこに親としての大きな役割があります。
例えば、先生に、「字が雑だからていねいに書こう」とアドバイスされて、子どもが少し気にしていたとします。親の立場としては、「でも、書くのが速いんだよね」とまず、いいところを見つけてあげる。それから、「お母さんだったらそんなに速く書けないよ。でも、ていねいに書くことも大事だよ」というふうにフォローしてあげることです。たとえ、先生に叱られたとしても、「ここのところがとてもいい」と親が認めてくれているということは、子どもにとって自信につながります。その自信があれば、「もっときれいに字を書こう」という意欲も生まれてきます。そんな三者の関係が大切なのです。
先生に叱られたことと全く同じ観点や理由で、親にも叱られると、子どもには身の置き場がありません。親としては、つねに「絶対にあなたの味方でいる」という姿勢でいるよう心がけてみましょう。
自分の力を発揮できるような環境づくりを
子どもは、まわりの評価によって自分を理解し、自分という人格を形成していきます。自分をつくっていくうえで、自己肯定感はとても大事な要素です。ですから、その過程では、否定的な評価をあちこちで受けすぎない方がいいと思います。
親がほめてばかりだと、子どもが自分を見失うことになるのではないかと、心配する方もいますが、その心配はあまりありません。
例えば、運動はとても得意でほめられるけど、勉強が苦手な子がいるとします。その子は、運動に自信を持っていますが、運動ができるからそれでいいとは考えていないのです。やっぱり、勉強ができないということは自分で感じています。なぜなら子どもたちは、友だちどうしで「何ちゃんは○○が得意だ」とか、「何ちゃんは○○があまり上手じゃない」などと気軽に言い合っています。ふだんから、一番シビアに評価する友だちの目にさらされているのです。ですから、親がほめても自分を見失うわけではありません。ほめることは、親が子どものいいところを理解していると、子どもに感じさせることなのです。
また、「運動はできても勉強ができないからダメ」と叱ることも、逆に、「運動ができるから運動選手になればいい。だから勉強しなくてもいい」と決めつけることも、よくありません。幼児期から成人になるまでは、人格形成の途中です。バランス良くいろいろな側面を伸ばしてあげてください。それが強く生き抜いていく力につながります。
『愛語』と言う言葉があります。不自然にほめることではなく、「よくわかるね」「あなたならきっと上手にできるわ!」など、優しく愛のある言葉は、その言葉をかけられた人の心をプラス方向に向ける力を持っています。大人でも、愛語をかけられるとうれしいものです。子どもなら、なおさらです。
明るく元気で、愛語をかけられやすい子どもがいる一方、愛語をかけられにくい子どももいることに目を向けましょう。まわりの人から、愛語をかけられて育っていく子どもは、持っている力を十分に発揮できるといいます。
環境の変化への子供の適応
ゆっくりでも、「子どものペース」が環境になじむ早道です
子どものタイプを見極める
習い事や引っ越しなど、子どもが何か新しいことにとりくみ始めたり、周りの環境が大きく変化したりすることがあります。そんな時は、どの子どもも緊張していると思います。周囲の大人からも「がんばろうね」などと言われたりするので、子ども自身も気を張っているのではないでしょうか。親としては、新しい環境になじめるのか、気になるところです。
子どもと接しながら、子どもが環境になじみやすいタイプか、なじみにくいタイプかを見極めることが大切です。そのためには、まず保育園や幼稚園など、これまでと異なる環境に初めて子どもが飛びこんだ時のことを思い出してみましょう。親となかなか離れなかったり、立ったまま動かなかったりしませんでしたか?幼稚園の先生から「周りの子どもと遊びません」「教室に入ってもじっとしています」などと言われたことはありませんか?幼児の頃から子どものタイプを知る目安になるエピソードはいろいろあると思います。
「環境になじむスピード」は、子どもによって異なります。どんな環境でも平気な子どももいれば、ゆっくり時間をかけてなじんでいく子どももいます。中には、熱を出したり、食欲がなくなったりと、環境になじめないストレスが体に出てくる子どももいます。環境への適応スピードは、個性のひとつ。タイプをわかってあげることから、子どもと向き合っていきましょう。
ゆっくり時間をかけて対応を
子どもが「環境になじむ」というのは、少し大ざっぱに言いますと、その環境の中で、集団行動ができる、友だちができる、そこの大人たちと話ができる、すすんで出かけて行くなどの状態。逆に、みんなと一緒に行動ができない、友だちができない、そこの大人たちと話ができない、行きたがらないなどが「環境になじめない」状態です。
環境になじみにくい子どもは、いわば不安の強い子ども。自分なりに行動を起こして、「大丈夫」と思えるまで、ある程度の時間が必要なのです。たとえ、わが子が環境になじみにくいタイプだとしても、決して子どもを急がせず、親自身もあせらないでください。親が「他の子と一緒じゃないと不安だ」と張りつめていると、その気持ちが子どもに伝わり、よけいに子どもの不安が大きくなります。「この子は、なじむのに他の子どもの何倍も時間がかかるけど、大丈夫」とゆったりかまえて、親自身がリラックスすることが大切です。
新しい環境で迎えてくれる方に「うちの子は、時間はかかりますが、きっとなじみますから」とお話ししておいて、子どもをバックアップしてあげるのも一つの方法です。親や先生といった大人から早くなじむようにせかされると、自信をなくして「自分はダメな子どもだ」と自分を否定的にとらえてしまう可能性があります。もしも子どもがなじめないようでも、「大丈夫だよ」と気持ちを受けとめてあげましょう。気持ちをわかってくれる大人がいることで、安心して新しい環境になじめるようになります。
弱点や欠点がだせるように
親が子どものタイプを理解する際に気をつけたいのは、ほんとうは環境になじみにくいのに、無理をして平気にふるまっているケースです。こういうタイプの子どもは、「親から認めてもらいたい」「まわりからほめてもらいたい」と、自分の力以上にがんばっています。優等生で、何でもきちんとできる子どもほど、期待に応えようと無理をしている場合が多いので、「がんばりすぎていないかどうか」気にかけてあげることが大事です。無理を続けていると、いつか疲れてしまいます。普段から「いい子」の面ばかりを親に見せようとする子どもは要注意ですので、弱点や欠点を少しでも見せた時は「いいよ、いいよ」と受けとめてあげてください。親自身も弱点をかくさず、パーフェクトな人間は存在しないことを教えてあげれば、弱い面を見せるようになるかもしれません。新しい環境では、「平気にふるまおう」とさらに緊張感が強くなりますので、子どもがラクになれるよう、「慣れればちゃんとできるから、無理しなくて大丈夫」と言ってあげましょう。
親として心がけたいこと
親と子どものタイプが異なると、子どもの気持ちや態度を理解するのがむずかしいものです。「自分はスポーツが得意なのに、子どもは運動オンチ。何でもっと速く走れないの!」といったケースです。環境への適応力でも同じこと。お母さんが適応力のあるタイプの場合、「どうしてすぐに慣れないの!」とイライラしがちです。何とかしてあげたい気持ちはわかりますが、子どもが親と同じタイプとは限りません。子どもの個性をきちんと認めてあげましょう。
時折、子どもをコントロールできると思いこんでいる親を見かけます。でも、子どもには、子どもの"スタイル"があります。環境になじむのに3ヶ月かかる子どもに、「3日で慣れなさい」と言っても不可能です。子どもは思い通りにコントロールできないものと心得て、がんばりを見守ってあげたいものです。
子どもの気持ちを知るには、表情や動きをよく見ることです。「言わないとわからないでしょ」と叱るのではなく、子どもの気持ちを表情や動きから察してあげるのです。「子どもにはこうあってほしい」という思いが強すぎると、子どもの表情や動きを見るゆとりがなくなります。親自身が子どもへの敏感性を高めることが大切です。
子供の失敗に直面したとき...
「できないこと」より「できること」をしっかり認めてあげましょう。
子どもたちの感じる「失敗感」
子どもは、大人が思っている以上にいろいろなことを感じています。ただそれを言葉で表現する力がまだ未熟なため、うまく表現できずにいるだけなのです。特に「自分が親や先生から何を求められているのか」については、とても敏感に感じています。ですから、「親や先生がここまでできる」と思っていることに応えられなかった時に、「期待に応えられなかったという思い」、つまり「失敗感」を感じます。例えば、小さなことですが、"授業で手をあげられなかった" "ピアノの発表会でうまくいかなかった" "鉄棒で失敗した"などです。
また、自分ではちゃんとしているつもりでも、親や先生に「ダメだ」「何やっているの」と言われたりすると、「自分は失敗したんだ」と思ってしまいます。少年野球などで、大事な場面で打てなかった時や、エラーしたことで監督に怒られたりした時、失敗だと感じます。チームプレーでは自分の失敗が、まわりにも迷惑をかけていることになるから、なおさら落ち込みます。
小学校高学年や中学生になれば、自分で要求水準を決定するようになりますが、低学年の間は、まわりの人の、自分に対する要求水準が失敗感の基準であることも多いのです。それだけに親やまわりの対応がとても大切になります。
子どもに持たせたい「肯定的な自己感」
一回一回の失敗は、大人からみると、とるにたらないようなことでも、子どもにとって決して小さなことではありません。しかし、子どもは自分で回復する力を持っています。
回復のカギを握るのは、「自分はどういう人間なのか」を考える「自己観」です。「自分はいいところを持っている」「自分が大好き」というように自分に対して肯定的な自己観があれば、失敗しても「また頑張ろう」「次はできるかもしれない」と、自分で立ち直ることができるのです。
では、自己観はどうやって作られていくのでしょうか。それは、まわりの大人や友だちとの関わりのなかで形成されていく一面があります。子どもは仲間同士では、「○○ちゃんは何々が上手」とか「○○くんは下手だからやらなくていい」など、相手やまわりの優劣について、遠慮しないで口にします。そんなやりとりの中で、自分自身の得意・不得意を自覚しながら、自分に対する見極めができていきます。
そんな時に、親からも否定されたと感じると、「自分はダメなんだ」と自己観は否定的になってしまいます。学校や外で友だちにシビアな評価を下されているのですから、家庭では親がしっかり、子どもの味方になってあげることが大切です。
低学年の間は、「あなたはこれが上手」「あなたはとても素敵」ということを言葉ではっきり伝えて、肯定的な自己観が持てるようにしてあげてください。
親が気持ちを切り替えて余裕を持つこと
子どもが失敗して落ち込んでいる時に、とってつけたように励ましても回復にはつながりません。励まそうとして、その時だけ、ふだんと全く違う態度をとっても、子どもには伝わらないからです。では、どうすれば、子どもが自分で失敗を乗り越えられるのでしょうか。
子どもは、親の価値観の影響を大きく受けています。「スポーツのできる子どもに」という親と、「たくさん本を読んでほしい」と思っている親では価値観が違うため、それぞれの子どもの価値観も異なってきます。
例えば、スポーツに力を入れている家庭で、子どもがスポーツで失敗して落ち込んでいると、親の方も子どもと同じような価値観を持っていますから、親も子どもの失敗を見て落胆することになります。しかし、一緒に落ち込まれると、子どもは「自分のせいで親をがっかりさせてしまった」と思い、よけいにつらくなってしまいます。
こんなときこそ、親が気持ちを切り替えて、「今回はダメだったけど、キミならできる」「これはできなくても、他にできることがいっぱいある」と、余裕をもった対応をすることです。親が、そんなふうにいうだけで子どもは安心します。そして、「そうだ、自分にはこれがある」と、気持ちを回復することができることでしょう。
思ったほどよくない結果であっても、子どもが「できたこと」に注目して、しっかり認めてあげましょう。
察して受け止める。それが、親や家庭の役目
子どもが学校から帰ってきて何となく落ち込んでいる。そんな時、どのように対応してあげますか?「どうしたの?」と尋ねる過程で、子どもを叱ったり、傷つけたりすることはないでしょうか。そうしたことが度重なると、子どもの気持ちは親から離れていきます。親がどんな言い方をしても「この人は自分の味方なんだ」と子どもが思えることが大切だと思います。
「子どもは4歳ごろから秘密を持つ」といわれていますから、親は子どもが外で体験したすべてを把握することはできません。「何かあったんだろうな」と気づいた時は「元気ないね」と一言いうだけでよい場合もあります。
外で一生懸命頑張ってきて、帰ってきた時に温かく受けとめてもらえるのが家庭です。これは大人も子どもも変わりありません。家に帰ったら、自分のありのままを認めてもらえて、ほっとできる、帰ってきてよかった・・・。そういう家庭で育つ子は、失敗があっても自分で立ち直る力をつけていきます。
親だからこそ見つけられる子どものよいところ
学校の先生からは「漢字ができない」「計算ができない」と、しょっちゅう叱られている子どもでも、友だちと上手に遊べるようでしたら、親としては「仲良く友だちと遊べること」をほめてあげてください。
「キミはやさしくて性格がいいから友だちに好かれるんだね」「キミは将来、絶対に幸せになるよ」といわれて成長すると、きっと本当に幸せな人生を送ることになるでしょう。
いずれにしても、子どもが失敗に直面した時こそ、親の「大いなる愛のまなざし」が必要な時であることは、いうまでもないことです。
思春期の子供に対して...
信頼して見守り、自立をサポートしましょう
心と身体の成長がアンバランスな思春期
子供が小学校高学年になると、「以前は学校のことをよく話してくれたのに、最近はあまり話をしてくれない」「仲良しだったお友だちと急に遊ばなくなって、訳を聞いても教えてくれない」「子どもの部屋が汚いので片付けたら、反抗的な態度をとるようになった」といったことが、よく聞かれます。これは、子供が"思春期"に入り、小学校低学年の頃とは変わってきていることのシグナルです。しかし、親は子供のこうした変化(成長)に気づかないことが多いようです。
思春期は、"子供から大人への過渡期"であり、心と身体の成長がアンバランスで、とても揺らいでいる時期です。そして、急激な身体の変化に戸惑いながら、精神的な不安と葛藤の中にいます。
友だちとの関係も変化していきます。低学年の頃は帰り道が一緒、席が近いなど身近であれば仲良くしますが、高学年になると自分と感性の合う、内面的に分かり合える友だちを求めるようになってきます。
また、親子の関係も、親が保護し、子供が依存するといった親と子の関係から、個々の人間同士の関係に発展していきます。そのことを親も自覚する必要があるでしょう。
思春期は親離れの第一歩です
小学校高学年の頃になると、子供たちは外の世界や周りを見て、いろいろなことの見方が変わったり、友だちや先生との関係が広がっていきます。友だちの親や家族はどうか、社会はどうかといったことにも目をむけるようになるのです。自分の親や家族のあり方などに疑問を抱き、さまざまな質問をしてきたり、自分の意見も述べるようになります。
親に対する見方もずいぶんと変わってきます。それまで絶対的な存在で、信頼しきっていた状態から、親を一人の人間として見るようになり、それとともに、「うるさいなぁ」「放っておいて」など、反抗的な言葉を使うようにもなってきます。
こうして思春期を迎えた子供たちは少しずつ親離れをしていきます。親に干渉されるのがうっとうしくなる反面、全く無視されても不安を感じます。そうして、親とくっついたり離れたりしながら成長していきます。
秘密を持ち始めるのも親離れのひとつ
福井県の丸岡町が主催した一筆啓上賞『日本一短い「母」への手紙』の受賞作品に、11歳の男の子の「お母さん、ぼくの机のひき出しの中にできた湖をのぞかないで下さい」という作品があります。この作品には、思春期の子供の心理が見事に描かれていると思います。
このくらいの年齢になると、好きな人ができたり、性に興味を抱くようになり、友だちには話せても親には話せないことや自分だけの秘密を持つようになります。『机の引き出しの中にできた湖をのぞかないで下さい』という文章は、そっと見守ってほしいといった思いがこめられているようにも思えます。
子供が秘密を持つのは、それだけ人間性を深め、深い心の持ちようを経験していくということです。その点からいうと、何でも親に見せて秘密を持たないので安心というわけではないのです。
最近、何でも言い合える「友だち親子」が増えているといわれますが、子供が秘密にしたがっていることについて、「何でも見せて」などと気軽に言わない方がよいかもしれません。親には親の、子供には子供の世界があり、世代の境界や育てる側・育てられる側という境界があります。そのけじめを崩してしまうと、親子の関係そのものが崩れてしまうこともあるのです。
子供の気持ちを受容しましょう
子供のことで知らないことがあったり、反抗されることは、親にとってはとてもさびしいし、不安なもの。でも、この時期、親も子供は子供の人生を歩んでいくのだという覚悟をしなければいけないのでしょうね。
もちろん、思春期でも、子供は嫌なことがあった時などは、やはり親に話したいと思っています。そんな時、頭ごなしに叱られたり、親の意見を押しつけられたりすると、子供の気持ちはどうでしょうか。まずは、子供がどんなことを言ってもできるだけ子供の気持ちや考えを尊重し、上手に聞いてあげる親であることが大切でしょう。
そして、理由もわからないまま不安になっている子供に対して、「どんな状態になっても、私は絶対にあなたを見捨てない、大事に守るよ」という姿勢をしっかりと親が示してあげてください。
子供が自分で責任をもてるようサポートしましょう
思春期とは自我が確立し始め、主体性が培われる時期でもあります。それまでは親が子供のいろいろなことを決めてきたかもしれません。しかし、この頃から親の方でも努めて「あなたが考えて選んでごらんなさい」というメッセージを伝えていくのがよいように思います。子供はどこかで親に嫌われたくない、と思っています。だから、「お父さんやお母さんが喜ぶだろうと思ってそう決めた」ということもあるかもしれません。そんな時でも「親と意見が違っても大丈夫」ということをしっかり伝えることは大切でしょう。
そして、親が介入しすぎることなく、いつも子供が「最終的には自分が考えて決めた」と思えるようにして支えてあげましょう。
「少しずつ、自分で責任を持って行動していこう」「親はいつも温かく支えてくれている」そのように思えることが、自立した大人になるためにはとても大切なことのようです。
子供の思春期は、親子ともども大きく成長するチャンスでもあります。この絶好の機会を前向きに受けとめ、子供の成長をゆったりと見守っていってほしいと思います。
子供を比較しないで!
子供は人格形成中
─比較されることで深く傷つきます─
子どもを他の子と比較しないように、とはよく言われることです。なぜ比較するといけないのでしょうか。
幼児から小学校入学の頃は人格の基礎が形成される途上にあります。「人格の形成」というのは、「あなたはこんな人ですね」という周りの言葉や行動を通して「自分はどういう人間か」ということを自分で理解していく一面も大切です。自分で自分のことがよくわかっていないこの時期は、子どもは不安がいっぱいの状態。「自分はどういう人か、自分の存在は認められているのか」を、何回も確かめずにはいられません。幼いときは親以外の人と接することがまだまだ少ないので、親の言葉が最大の、そして唯一の支えなのです。その時に、親から他の人と比較されて叱られたりすると、その不安が助長されてしまいます。人格の形成にも大きな影響を与えるのです。
この時期は特に、子どもに対する言葉や、逆に子どもたちからの言葉に深く注意を払っていくことが大事です。親自身は何気なく言ったことや後で忘れてしまっているようなことでも、子どもの心にはしっかり刻まれていることがあります。
比較して叱られると、子供は
「自分自身を否定された」と受け止めてしまいます
親の立場からすると、きょうだいやよその子どもたちとつい比べてしまいがちです。次の2つの叱り方を考えてみてください。
a 「外から帰ってきたら手を洗わないとダメでしょ」
b 「お兄ちゃんはちゃんと手を洗うのに、あなたはどうしてできないの」
どうでしょうか。比較しない時(a)は行動そのものがポイントになっています。比較した場合(b)は行動そのものよりも「お兄ちゃんはできるのに、あなたはできないダメな人」というメッセージが感じられませんか。
親はそんなつもりではなくても、子どもは比較のところしか受け止められず、自分自身を否定されたと思ってしまいます。「自分はこれでいいのだ」という自分への信頼を形成していく段階では、子どもたちが傷つくことになりかねません。親の言葉や行動のひとつひとつが子どもの気持ちに決定的な意味を与えてしまうことにもなるのです。
直接の比較でなくても、子供にとっては
比較されているのと同じ意味をもつことがあります
子どもはほめることが大事と言われるのも、親の影響力がとても大きいからです。ほめすぎると、図に乗ってしまうのではと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。一番大事な親から認められていると感じることで、安心して自分に自信を持つことができるのです。
ただし、ほめる時に気をつけないといけないことがあります。それは、きょうだいがいるときに、片方だけをほめることです。ついしてしまいがちなことですが、これも比較したことになります。ほめられなかった方にすれば、「じゃあ、僕はダメなの?」と感じるからです。「お兄ちゃん、上手だねえ」と言うと、弟が「僕は?僕は?」というご経験もおありだと思います。そんな時は「あなたはここがすごいね」としっかりほめてあげてください。
親が子どもを、自分自身と比較していることもあります。「私はこんな性格なのに、この子はそうではなくて...」「私が子どもの頃は、こんなことはできていた」などと言われる方がいらっしゃいます。これも、子どもにとってはありのままの自分を受け入れてもらえず、自分を否定された、と感じることにつながります。
子供のなにげない質問にも、実は深い意味があります
下の子が赤ちゃんだったり、よその赤ちゃんを見たりした時、「私が赤ちゃんの時どうだった?」など聞いてくることがあります。そんなときは、「この子と同じで可愛かったよ。○○ちゃん、本当に大きくなったね」「あの時はおしゃべりできなかったけど、今はよくしゃべれるようになったね。いっしょにお話できて、うれしいな」などとやさしく答えてあげてください。
こういった何気なく聞こえる会話でも、子どもとのいい関係をつくる絶好のチャンスです。こういう質問をするのも親から愛されたいという気持ちの現れであり、親が自分をどれだけ大事にしていたかを確認したいのです。その時、子どもの質問を流してしまうと、なかなか満足せずにくい下がります。
子どもを他人と比べるのではなく、小さかったときのことを思い出していろいろお話してあげましょう。「赤ちゃんのときからずっとあなたを見ている」ということ、そして「あなたが成長していることがうれしい」ということが伝えられれば、子どもたちは今の自分に満足することができ、とても安心します。
子どもが何かした時に「お母さん、見て、見て」と呼びかけてきます。これも、親の愛情を確認したいという気持ちのあらわれです。親としてはいつものことなので、他のことに手を取られていたりすると、つい上の空で返事をしたり、うるさがったりしてしまうことがあります。またか、と思っても、子どもが何か声をかけてくる時はできる限り聞いてあげてください。それが子どもとのよりよい関係づくりの基本と言えるかもしれません。
「ボクはボク!」「私は私!」と子供は心の中で
いつも主張しています
人格の基礎を形成する時期、子どもたちはみんな「ボクはボク!」であることを認めてほしいと思っています。なにより大切なのは「そのままのあなたを、周りのみんなが認めているのよ」といろいろな機会に伝えることです。子どもの人格形成において、親の役目は意識している以上に大きいものです。
気を付けてほしい「子供のしかり方」
叱る前に一呼吸おいて「子どもの気持ち」を考えてみましょう
しかられたときの記憶が、大人になってからも大きな影響力をもつことがあります
非常に印象に残っている過去の場面として、叱られた時の話がよく出てきます。本人もずっと忘れていて、成長してから何かのタイミングで思い出すこともあるようです。親の方はおそらく忘れてしまっているであろうエピソードを子どもの側では鮮明に覚えていて、実は小さい時の記憶が心の奥にずっと残っているとわかります。
小さい時から親が恐かったと話す人に、どう恐かったの?と聞いても、うまく話せません。どんな時に恐かった?と聞くと、たとえば学校の成績が悪くて叱られた時、と言うそうです。親に「どうしてこんな成績をとるの?」と言われても、子ども本人はわかりません。普通にしていても、成績が悪い時というのはよくあることです。子どもが黙っていると、親は感情がエスカレートし、一方的に子どもにぶつけてしまいます。こうなると子どもはますますおそろしくなり、自分の気持ちを話せなくなってしまいます。
子どもは、小さい時ほど、うまく自分の気持ちを言語化できないものです。「どうしてこんなことするの!」と怒られても、本人もわからない。何か言いたくても、うまく言えず黙ってしまう。子どもは追い詰められます。その時は、何が起こっているのか、大人がなぜそんなに怒るのかわからず、ただすごい形相の親を前にして、恐怖心だけが残ります。
行為を受容するのではなく、「気持ち」を受容してあげましょう
受容してあげるというと、叱っちゃダメなの?と思う人がいます。悪いことをしたら、行為は叱っていいのです。ただ、どうしてそうしたのか、それをした後どう思っているのか、親として思い返す態度が大切です。あらゆる行為は、何かそうしたくなる気持ちが子どもにあってのことです。例えば、モノを壊してしまった時でも、もしかすると別のモノをかばおうとして壊してしまったのかもしれません。下の子をいじめるのだって、自分に関心を向けたいからかもしれません。ただ、「どうしてそんなことをしたの?」と聞かれても、子どもは正確には答えられない、ということを踏まえておく必要があります。子どもがその時どう感じているか、そこに思いをはせることができれば、親も無茶な怒り方にはなりません。
とはいっても、後からふり返って気づくことはあっても、叱っている最中に子どもの気持ちのことまで考えるのはなかなか難しいものです。
むしろ、日常の会話の中で子どもの声に耳を傾けるようにすると、子どもは思いもかけない感性や親へのいたわりの気持ちをみせてくれます。
「子育ては自分育て」とよく言いますが、子どもに育てられる部分が大きいと思います。自分も子どもに育ててもらう、くらいの気持ちで、ゆったりと楽しみましょう。
「自分には関係ない」...と、言わないで!
今の社会のほとんどの問題で悪に対して『自分には関係ない』と言う人が多くなっている。
自分の身にふりかからない限り見て見ぬふりをする。
それが実は、悪を応援することになる。
私には関係ないというのは楽かもしれないが、一番人間をダメにさせていく。
自分の人間らしさが削られどんどん消えていってしまう。
それを自覚しないと悪を平気で許す無気力な人間になってしまう。
どんなに小さな悪に対しても、決して許してはいけないのです。そこから悪がエスカレートしていくのです。
今の世の中、人と人が殺し合う戦争や、平気で人の命を奪う事件、そして、いじめを苦にした自殺など、悲しいニュースを見る度に怒りの気持ちでいっぱいになります。一体どれだけの人がそれらのニュースに対して真剣に向き合っているのでしょうか。
たとえ、どんなに困難な壁にぶつかって悩んだり、苦しんだりしたとしても、命さえあれば必ず前に進んで行けるんです。健康な体で、家族や友達とあたり前のように毎日を過ごせるということが、どれほど幸せなことかということです。
本当の幸せって何だと思いますか。
今生きていることに感謝して、悔いのない人生を送ってください。
ある学童クラブでの子供たちの変化
語り手から見た子供たちの変化
二十数年前から、幾つかの学童クラブへ、月に一回の割でお話を語りに行っている。各クラブには一年生から三年生まで、30~40名の児童が在籍している。
彼らが学校から帰って一息入れた頃(大方は三時半)私たちが到着すると、外で遊びたい子、何か他の事をしたい子等あって、いつも全員が喜んで迎えてくれるわけではないけれど、初期の頃には、
走りよって来ていろいろと話しかけて来る子が多かった。手に飛びついたり、肩に抱きついたりと、スキンシップを求めているかのような子も目立った。
いかにも一年生らしい微笑ましい悩みを真剣な様子で訴える子、大事な秘密を教えてあげるというように、将来の夢を打ち明けてくれる子、かと思うとまだ三年生なのにそんなに深刻な問題を・・・と、返す言葉につまってしまうような心配事を相談して来る子。彼らは、自分たちの持っている言葉を一生懸命探り出し、繋ぎ合わせて、なんとか気持ちを伝えようとがんばってくれた。私たちは、お話を語ること以外にも、そんな彼らの求めに応じて、できる限り話し相手になったりした。そうした会話の端々に、彼らの家庭での様子を彷彿とさせるものがあって、微笑ましかったし私たちとのコミュニケーションも深まっていった。こんな風に信頼関係ができていくと、お話を聞いてもらえることにもつながって、想像以上に楽しい「おはなしの世界」を共有することができた。
しかしここ数年、子どもたちから極端に言葉が少なくなったように思う。私たちに対して特によそよそしいわけではないけれど、お友だちとの間でも、黙って向かい合ってマンガを読んでいるとか、一人がしているゲームを両脇から覗き込んでいる等の姿が目につくようになった。児童館の中にあるクラブなどでは、クラブ室から児童館の部屋に移って、何人かがかたまって各々がゲーム機を手にして、無言でゲームに熱中していたりする。担当の職員らと話していても、こちらのいうことがなかなかストレートに伝わり難く、少し強くいうと「キレル」状態になってしまう子も、多いという。私たちと彼らとの会話も当然少なくなったので、今では彼らの家庭の様子を想像することは難しくなった。
それは特に必要ないことのようだけれど、幼い人たちに「お話」を語る者にとって、「今、彼らの心の中がどうなっているのか」、あるいは「家庭でどんなことが話題になっているのか」が、ある程度解らないと「お話」を選ぶことが難しい。「家族個食」などという言葉があるらしいけれど、家族が揃って食卓を囲み、一日の出来事を楽しく語り合うということが、少なくなっているのではないだろうか。
親が、大人が幼い人たちに言葉をかけてやらなければ、彼らは言葉を獲得していくことができない。語彙がとても少なくなって、自分の気持ちを表現することができないもどかしさが、「キレル」という状態につながっていく気がしてならない。
昔話はじめ物語の世界には、豊かな言葉がいっぱい。でもそれを語るなり読むなりして理解してもらうためには、日頃から彼らの心を育てるような「言葉かけ」を、きちんとしておかなければならないのではないだろうか。
やる気のでる名言
・私の最大の栄光は、一度も失敗しないことでなく、倒れるごとに起きることにある。 byゴールドスミス
・挑戦とは、大きなことをするのではない。明日する小さなことを、今日することだ。
・私の見方からすると、虹が欲しけりゃ、雨は我慢しなきゃいけない。 byドリー・パートン
・明日はなんとかなると思う馬鹿者。今日でさえ遅すぎるのだ。賢者はもう昨日済ましている。 byクーリー
・遅くなっても全然行かないよりはマシだ。 byリヴィ
・無知であることを自覚するのは、知識向上の大きな段階である。 byディスレーリ
・悪賢い人は勉強を軽蔑し、単純な人は勉強を称賛し、賢い人は勉強を利用する。 byフランシス=ベーコン
・自分に理解力がないことを苦痛に感じるためには、すでに相当の理解力がなければならない。 馬鹿ほどうぬぼれの強いものはない。 byジード
・平凡なことを毎日平凡な気持ちで実行することが、すなわち非凡なのである。 byジイド
・自分自身を計る物差しは、"これから何ができるか"だ。 しかし人は、"これまで何をしてきたか"で私を評価する。 byヘンリー・ワズワース・ロングフェロー
蓼(たで)食う虫も好き好き
『自分が探し求めている性格の特性を、他人の中に見つけましょう』
" 蓼食う虫も好き好き " ―― この言葉は" 私たちは、他人の中に自分が見たいと思うものを見る "という意味のことを、独自の言いまわしで表現したものです。
人間とは、感情と情動と思考が複雑に結びついた生き物であり、良い人もいれば、悪い人もいます。あなたが他人に対して抱く印象は、あなた自身と、相手に対するあなたの期待に大きく左右されます。あなたがその人のことを良い人だと思っていれば、良いところばかりが見つかるでしょう。逆にその人のことを良く思っていなければ、良いところはまったく見つからないものなのです。
あなたが積極的な人であれば、他の人の中にも積極的な部分を見つけようとするはずです。正しく前向きな習慣を身につけ常に自分自身を向上させようとするときは、他人の中に積極的な特性を見つける習慣をつけましょう。
他人の欠点を見つけるのは簡単ですが、それだけでなく、他人の良いところを見つけると共に、彼らの成功を祝福してあげることができるようになれば、どんな時でも信頼できる友達を作ることができます。
幸福とは...
『幸福は、行動し続けるうちに見つかるものであって、単に財産を
所有しているだけでは、幸福であるとはいえないのです。』
これは真実です。お金で幸福は買えません。大半の人は、家や車、
あるいは休暇などといった即物的な財産にではなく、
" 自分と家族にとって憧れのライフスタイルの実現 "という願望を
持つことにより、やる気がかきたてられるのです。その真実に気づい
たとき、あなたは、常に" 目標のレベルを上げてゆく "ことで自分
を奮い立たせ、高い目標を目指さなければいけないことを理解するは
ずです。
あなたの目標の中には、自分が望む財産を手に入れることも含まれる
でしょう。
しかし、アップルコンピュータの前会長兼CEOのジョン・スカリーは、
「成功とは旅であり、目的地ではない。ぜひともその旅を楽しもう」
と言っています。
ジョン・スカリー(1939-)
米国のマーケティング専門家。ペプシコーラのマーケティング責任者
ペプシコ社社長を経て、アップルコンピュータ社の社長兼CEOに就
任(1993年辞任)。
笑顔 えがお
『笑顔は、それ自体がささやかなものであっても
大きな結果を生み出すことができます。』
動物世界では、歯を見せることは
明確な攻撃のサインですが、
人間の社会では、その逆が真実です。
心温まる笑顔ほど、人の怒りや攻撃的
な態度を即座に和らげるものはありません。
いつも自然に笑顔がこぼれる。
あなたがそんな人であれば、いつでも
大いに歓迎されるでしょう。
あなたが協力を依頼する時に、そこに真
の友情からこぼれる笑顔があれば、
必要とするよりも多くの援助を得
ることができるでしょう。
出会う人すべてに対して、
例えば誰かに紹介されたり、
懐かしい友達に会ったり、
毎朝職場に着いた時など、すぐ自然に親しみをこめて
微笑みかけられるようになるまで練習しましょう。
もちろん、その笑顔は心からのものであることが大切です。
人はすぐニセモノを見抜きます。
本物の感情を伴わない、作り笑顔ほど、人を
しらけさせるものはありません。
以前にも書きましたが、又お知らせしたくなって再登場です。
" 与える "こと
のどの渇いた旅人が、砂漠の中で
水を汲み揚げるポンブを見つけた話
を歌った古い民謡があります。
そのポンプには、
「この近くに呼び水をするための
水の入ったビンが埋めてある」
と書かれたメモが貼ってありました。
またそのメモには、
「得る前に、まず与えなくてはいけない」
とも書かれていました。
ビンの中の水を飲んでしまうか、
それを呼び水として利用し、冷たくてきれいな水を
たくさん得る可能性に賭けるか、どちらにするかは、
旅人にかかっていました。
" プラスアルファの前進をする " のも、それと同じことです。
自分が受け取る前に、まず与えなければならないのです。
「まず十分に受け取ってから、お返しに何をするか決めよう」
などと考えてはいけません。
惜しみなく与えること、いつかきっと返ってくると信じることです。
ある牧師は、「信頼しすぎて裏切られることがあるかもしれない。
だが、十分に信頼できなければ、苦悩の中に生きることになる」
と言っています。
このメッセージ、あなたに届いたでしょうか?
原因と結果
『幸運や不運などは存在しません。すべての事柄には原因があり、
それぞれにふさわしい結果がもたらされているだけなのです』
人生に絶対的なものなどまずありません。
あなたの行動はすべて、あなた自身に、そして他の人たちに何らかの影響を及ぼします。
その影響は、状況によって、良いものであったり悪いものであったり、積極的なものであったり消極的なものであったりするのです。
例えば、ある状況ではまったく適切である行動も、時間と場所が変われば不適切であるかもしれません。
あなたが幸運か不運かということは、状況そのものよりも、状況に対するあなたの対応に左右されるのです。
「私はできる」という前向きの心構えが積極的な行動となって現れ、その積極的な行動からは常に積極的な結果が生まれます。
「成し遂げる」という積極的な心構えで行動を起こすならば、たとえ期待した結果を出すことができなかったとしても、あなたの運は向上するでしょう。
積極的な行動は、最終的には必ず積極的な結果を生み出すからです。
気になる言葉
真の幸福は、外部の状況に左右されるものではない。
幸福の泉水は、心の中から湧き出るものである。
人が幸せを感じる、いわば幸福感といったものは、思考や感情の内側から湧き出てくるものだ。
いつまでも幸福でいたいなら、自分の心を養わなくてはならない。
興味深い考えやアイディアで心を満たさなくてはならない。
なぜなら空虚な心は、幸福ではなく快楽を追い求めるからだ。
ウィリアム・L・フェルプス(1865-1943)
米国の教育者
" 創り出す人 "になりましょう
『家を建てる人は、家を壊す人よりも、
常に多く報酬を受け取ります。』
どんな仕事でも、他人の作品を破壊するよりも、何か価値のあるものを創り出すほうがはるかに高度な技能と意欲と根気を必要とします。
また、―― 誰でも手に入れることのできる普通の素材から ――
美しいものを創り出すのに必要なヴィジョンと技能は、作品を壊すだけという単純な労働に比べ、はるかに大きな報酬に値するのです。
"壊す人"ではなく、物事やアイディアを"構築する人" "創り出す人"にならなければいけません。
それは心構えの問題です。クリエイティヴで想像力に富んだアイディアを追求する習慣や、昔ながらのやり方で行われている物事について、もっとうまく実行する方法を見出す習慣を身につければ、
" 創り出す人 "になれるのです。
悩んでいませんか?
■人間は努力するかぎり、迷うものだ。 (by ゲーテ)
■これからどんなことが起こるかを考えるほど不安になる。どんなことを起こしたいかを考えるほど楽しくなる。
■孤独のなかでは、人がそのなかへ持ち込んだものが成長する。(by ニーチェ)
■あなたを支配するのは出来事ではなく、その出来事に対するあなたの見方。(by マルクル・アウレリウス)
■人間は起こることよりも、起こることをどう評価するかによってひどく傷つくのだ。(by モンテーニュ)
■人生には必要な事しか起こらない。今あなたを悩ませている事も何かをあなたに伝えている。
■刑務所の鉄格子の間から、2人の男が外を見た。1人は泥を眺め、1人は星を眺めた。(by セルマ・トムソン)
■最悪を想定し、最善を尽くせ。 (by 落合信彦)
■何か事態が悪化すると、来るなら来い、と最悪の場合を想定し、川を背にして構える。精神の小出しの消耗を避けるには適した戦法である。(by 尾崎一雄)
■もし悩みの種を抱えているならば、以下のことをやってみよう。
<1>起こりうる最悪の事態とは何かと自問すること。
<2>やむをえない場合には、最悪の事態を受け入れる覚悟をすること。
<3>それから落ち着いて最悪状態を好転させるよう努力すること。(by ウィリス・H・キャリア)
■昨日の重荷に加えて、明日の重荷まで今日のうちに背負うとしたら、どんな強い人でもつまずいてしまうでしょう。「今日、1日の区切りで生きる」習慣を身につけよう。(by カーネギー)
■小事に煩わされないために必要なことは、努めて力点を変えてみること。つまり、心の中に新しく愉快な視点を作ることだ。気にする必要もなく、忘れてもよい小事で心を乱してはならない。小事にこだわるには人生はあまりにも短い。(by カーネギー)
■すべてこの世の病には、治す手だてがあるか、なし。手だてがあるなら見つけよう、手だてがないなら忘れよう。(by カーネギー)
■神よ、われに平静を与えたまえ、変ええざるものを受容するために。変えうるものを変える勇気と、その相違を悟るための知恵とを。(by ラインホルト・ニーバー)
■どんなに優秀な頭脳の持ち主であっても、人間は1つのことしか思考できない。ウキウキした気分で何かに夢中になっていながら、もう一方では、悩みのための意気消沈するという2つの状態に、まったく同時に身をおくことができない。1つの感情は、別の感情を追い払ってしまう。(by カーネギー)
■問題をある限度以上に考え続けると、混乱や不安が生じやすい。(by ウェイト・フィリップス)
■人生を砂時計と考えてみよう。砂時計の上部には、無数の砂が入っている。そして、それらの砂はゆっくりと、一定の速度で中央のくびれた部分を通過していく。この砂時計を壊さないためには、余計な手出しをせずに、砂の1粒1粒がくびれた箇所を通過するままにしておくほうがいい。人間もこの砂時計そっくりなのだ。朝、仕事をはじめるときには、その日のうちに片付けてしまわねばならないと思われるものが山ほどある。けれども、われわれには一度に1つのことしかできないし、砂時計の砂がくびれた部分を通るように、ゆっくりと、一定の速度で仕事を片付けるしか手はない。さもないと、肉体や精神の働きが狂ってしまうのだ。(by カーネギー)
■自分の心の中に何か悩みがあるならば、先ずそれは「取越苦労」か或いは、「消極的思考」かの何れかである。故に入念に省察すべし。(by 中村天風)
■困難の90%は、まだ、起こっていない未来の困難だ。あるかどかわからないことに、心を悩ますことはない。(by 中谷彰宏)
■人生は私たち一人ひとりが、それぞれの目を通して見ている映画です。そこに何が起こっているかは大した違いはありません。それをどのように受け取るかが重要なのです。(by デニス・ウェイトレイ)
■持っていないもののことを気にしていると、持っているものを無駄にしてしまいます。(by ケン・ケイエス・ジュニア)
■自分の人生の責任を転嫁する相手を探すのはやめなさい。あなたの中の真実を直視し、自分の誤りを正しなさい。(by アイリーン・キャディ)
■自分の外の力に頼れば頼るほど、あなたはその力にますます支配される。(by ハロルド・シャーマン)
■どこか遠くへ行きなさい。仕事が小さく見えてきて、もっと全体がよくながめられるようになります。不調和やアンバランスがもっとよく見えてきます。(by レオナルド・ダ・ビンチ)
■悟りのまえ、木を切り、水を運んでいた。悟ったあと、木を切り、水を運ぶ。(by 禅の言葉)
■悲観主義は気分であり、楽観主義は意志である。(by アラン)
■立ち止まって、恐れと真正面から立ち向かうたびに、あなたは強さと勇気、自信を勝ち取ります。自分にはできないと思うことを、やってみることです。(by エリノア・ルーズベルト)
■障害物はあなたに教えるべきことを教えるまでは消えない。(by バーバラ・アンジェリス)
■暗くならなければ、星は見えない。(by チャールズ・オースティン・ビアード)
■人間は常に迷っている。迷っている間は常に何かを求めている。(by ゲーテ)
■ストレスがないという人がいるけれど、それは実際に乗り越えてきたのか、それを見ないふりしてきたのかではまったく違う。(by 山本恭子)
■事件の渦中に入ってしまうと、人間はもはやそれを怖れはしない。(by サン・テグジュペリ)
■素直になれ、優しくなれ、笑顔でいろ、自分。死はいつでもふいに、手の届くところにやってくるのだから。(by 岩村匠)
斎藤一人(さいとうひとり)さんのことば
- 人の心に灯をともすと自分の心に灯がともる 愛がないと人間て生きられないね
- 天に豊作を祈り手は田を耕すありがとうを言おう わくわく冒険しよう
- 人生は弱気になったら負けですよ 勇気をだして知恵だして
- 今日一日だけ一生懸命生きよう 明日のことは考えないで
- 自分にたりないものは人をほめる努力
- 魅力があればすべてがうまくいくから不思議
- カンペキ主義はつかれるな不カンペキ主義は楽しいな 楽しいからいつもニコニコ
- 本も読まないでのりこえられる時代じゃないですよ
- よく考えて行えば成功まちがいないですよ 安心安心
- 笑顔で仕事をしているとどこに勉強に行くより頭が良くなる
- やりたい事は今やらないといつまでも出来ませんよ
- 幸せっていっぱい言うと幸せになる目があって幸せ 耳があって幸せ命があって幸せ
- 仲間がいるから楽しい仲間がいるから前進できる
- 足元を見て歩くと道のすみに咲く花に気づけるし人にやさしくできる
- 元気なら一生働けるよかったよかった
- 人生にはいろいろな宝物があるけどそのなかで最高の宝物は今日も元気で働けること
- 困ったことがおきたら面白いことがおきたといって みな奇跡がおきるから
- あなたの行く所に必ず日がさしますよ だいじょうぶだいじょうぶ
- 秋になるとなべ物がおいしい紅葉がきれい 生まれてきてよかったよかった
- お金がないと愛する人を助けることができない だから仕事をしよう
- なんにもないとき ついている 困ったときはありがとう いいことあったら感謝します これでしあわせ
- 困った時についてるっていえないよね だから口ぐせにするといいよ
- あなたにとって今が修行時です 笑顔でのりこえましょう
- あなたの笑顔は人も自分も助けるよ
- 私は自分を信じています 信じているからどんな問題ものりこえられる
- みんな元気ですか身体の具合の悪いとき完ペキ主義になっていませんか ありがとうはたりていますか もう一度頭に浮かんだ人にありがとうありがとう
- やってやれないことはない やらずにできるわけがない
- 人は愛する人のためならガンバレル
- 私は前進します みんなが待っている所まで
- みんな元気ですかひとりさんも元気です 今日はいいことありますよ
- 今起きている事は私を成功に導くチャンスです
- 闇夜に太陽を待つように今みんなの笑顔を待っている人がたくさんいます
- 明るく明るく 今日も明るく明日も明るく
- 笑顔でいること 愛のある言葉を話すことはみんな自分のため
- ツイテル人はなにをやってもうまくいくがついてない人はなにをやってもうまくいかない
- 命令するより指導する競争するより協力する みんな仲間だから
- こわくても平気だよ なんにもおきないから
- うまくいっている人のまねをしてごらん それだけで人生はうまくいくから
- 自分ひとりだけでもガンバルっていう人がみんなを助けるんだね
- 幸せって小さな幸せを見つけてまた一歩階段を登る自分にありがとう
きになる言葉
『状況が厳しい時ほど、前へ進み続けましょう。
そうすれば、のんきに構えている人よりも
早くゴールに到達することができるでしょう。』
心配事...
『心配事につき合っていられないほど忙しくしていれば、
心配事もあなたのそばをうろつく気をなくすでしょう。』
心配事は、つき合う相手がいないと長い間一ヵ所に
とどまっていられないようです。
心配などしている時間もないほど、忙しく積極的で建設的な
行動をしていれば、成功への階段をすでに登り始めて
いるのです。
何も、のんきに問題を無視していいというわけではありません。
建設的な行動を取れなくなるほど、無力な状態になるまで
問題を内面化してはいけないということなのです。
心配で、夜も眠れないような状態に置かれた時に、
心を静める一番いい方法は、へとへとになるまで働くこと
である、ということを思い出してください。
ヘレン・ケラーの言葉
信念を正しく理解することができれば、
それが消極的な性質なものではなく、
積極的な性質のものであることがわかるはずです。
積極的な信念は、恐れを知りません。
絶望することを許しません。
心が信念で強化されれば、どんなに弱い者でも
不幸や災難を乗り越えることができるのです。
ヘレン・ケラー
1880-1968
ばらに寄せて
ばらに寄せて
つぼみのときの においこそ
ばらのまことの いのちなり
ひらきてのちは あさゆうの
かぜにいのちは うすれゆく
サトウ ハチロー
すてきな言葉
私は、その女(ひと)を洗ってベッドに入れた。
彼女は私の手をとり、
本当に美しい微笑を浮かべた。
たった一言、ありがとうと言い、
そうして死んだ。
私は自分に問うた。
私があの女(ひと)だったら、何と言っていただろうかと。
「苦しい、死にそうだ」と言わなかっただろうかと。
でもあの女(ひと)は、
私が与えたよりもっと大きなものを私に与えて、
死んでいったのだ。
マザー・テレサ
(1910~1997)
子育て...でなくて...子に育てられる
『 子どもは、言いきかせたとおりには育たないが、
見せたとおりには育つ。 』
と言います。
子どもは、無意識のうちに親を真似て育ちます。
無意識に真似ます。
あなたが生まれ変わったとして... あなたは
自分の子供になりたいですか?
そんなふうに思える子育てをしていますか?
ちょっと 考えてくれると うれしいです。
ドキッ としませんか?
福沢諭吉の心訓
1.世の中で一番楽しく立派な事は一生涯を貫く仕事を持つことです。
1.世の中で一番みじめな事は人間として教養のない事です。
1.世の中で一番さびしい事はする仕事のない事です。
1.世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事です。
1.世の中で一番尊い事は人の為に奉仕し決して恩にきせない事です。
1.世の中で一番美しい事はすべてのものに愛情をもつ事です。
1.世の中で一番悲しい事はうそをつく事です。
" 笑い " の底力
『しかめ面をしても追い払えないような心配事も、
笑いで吹き飛ばすことができるのです。』
自分の病気を文字通り" 笑い飛ばす "ことで健康を取り戻した人がいます。
衰弱とひどい痛みで入院したのですが、彼は自分が楽しい気分の時は
身体の痛みも軽くなっていることに気づきました。
この鋭い観察から、" 笑い "という病気の治療法を独自に開発したのです。
ジョークの本を読んだり、自らジョークを言ったり、
お見舞いに来る人には必ずジョークを考えてくるように頼んだり、
テレビのコメディー番組をずっと見たりといったことを続けました。
そうして彼は病との闘いに勝ったのでした。
自分自身のことや、置かれている状況を笑い飛ばせないぐらい深刻に
なってはいけないのです。
たとえ、困難な状況であっても、こころ穏やかに希望をもって過ごせるように
周囲の気遣いも重要なのです。
" 笑い " の底力、" 笑顔 " の大切さ ......
健康な人にも気付いてもらいたいです。
笑顔って大切ですよね
───笑顔は、それ自体がささやかなものであっても
大きな結果を生み出すことができます。───
動物世界では、歯を見せることは明確な攻撃のサインですが、
人間の社会では、その逆が真実です。
心温まる笑顔ほど、人の怒りや攻撃的な態度を
即座に和らげるものはありません。
いつも自然に笑顔がこぼれる。
あなたがそんな人であれば、いつでも大いに歓迎されるでしょう。
あなたが協力を依頼する時に、
そこに真の友情からこぼれる笑顔があれば、
必要とするよりも多くの援助を得ることができるでしょう。
出会う人すべてに対して、例えば誰かに紹介されたり、
懐かしい友達に会ったり、毎朝職場に着いた時など、
すぐ自然に親しみをこめて微笑みかけられるようになりたいですね。
もちろん、その笑顔は心からのものであることが大切です。
人はすぐニセモノを見抜きます。
本物の感情を伴わない、作り笑顔ほど、
人をしらけさせるものはありませんから...。
すてきな言葉
笑顔で挨拶を交わし
小さなことにもよろこび
嘘を言わず
悪口も言わず
全てのことに感謝し
人のしあわせを祈る
一月一日の気持ちを
皆がみんな
十二月三十一日まで
持ち続けていられたら
美しい国になる
星野富弘
素敵なことば
あなたがこの世の偉大なものと
ともに、ささやかなものにも
歓びを見出すことを
わたしは願っています。
一輪の花、ひとふしの歌
あなたのてのひらに
とまる蝶にも。
エレン・ラヴァイン
幸福は、人に与えることによって増大する財産なのです。
幸福を人と分かち合えば、それは減るどころかさらに増大します。
幸福というものは、他者に与えた分だけ、自分に返ってくるものなのです。
人生において最も素晴らしい報酬は、蓄積された金銭的な財産からではなく、
" 人の幸福に役立つことができたという精神的な満足感 "
から得られるのです。
人生で最も素晴らしい豊かさを手に入れる人というのは、
" 相手に満足をもたらすと同時に、自分自身にも利益をもたらす方法 "
を見出した人です。
他の人たちと、喜びを分かち合うことのできる幸福な人は、
世の中には常に不足しているのです。
素敵なことば
ささやかな収入で満足して暮らし
贅沢より優雅さを、流行より洗練を
見せかけだけでなく、真に価値ある
生活を目指し、本当の豊かさを探求する。
よく学び、静かに思索し
柔和に語り、率直に行動する
星の、鳥の、乳児の、賢人の
言葉を自由な心で聞き
快活に耐え、勇気をもって
行動する。
ウイリアム・エラリー・チャニング(1780~1842)
すてきな言葉
浜辺のうつくしい貝殻を
のこらず集めることは
できません
集められるのは
わずかなものだけ
数が少ないからこそ
うつくしいのです。
アン・モロー・リンドバーク(1906~2001)
あなたは欲張っていませんか......?
ほんとうに必要な物だけでいいのではないでしょうか。
すてきな言葉
どんなに多くの田畑を
持っていたとしても
一日に食べられる米は
そこそこ
どんなたくさんの部屋が
あったとしても
夜の安息に必要なのは
六尺四方の空間だけ。
中国のことわざ
あなたはどのくらいあれば満足?
すてきな言葉
ある日突然、金銭と
金銭があたえうる
すべてにたいする
欲望が生まれます。
ありあまるほど
持ちたいという欲望
ぜいたくなものを食べたい
着たい、くだらないものを
持ちたいという願いが生まれ
つのっていきます。一つのものが
次のものを呼びこみ、その結果
どうしようもない不満が心を
占領します。買い物に行ったら
いちばん質素なものをえらびましょう。
貧困のうちの幸せにひたり
ちっぽけなエゴイズムの
支配から抜けだしましょう。
マザー・テレサ(1910~1997)
ドキッ とした あなた ......
ちょっと考えてみませんか?
すてきな言葉
人生で重要なのは
特別な瞬間ではないのだ
ということを、だれもがいづれ
気づくでしょう
人生が旅であり、旅人を勇気づける
マイルストーン(里程標)があるとすれば
それは誕生日や卒業式、結婚式
大きな目標を達成した
晴れがましい瞬間でもありません
それは記憶の戸口のまわりを
迷い犬のようにうろつき
そのまま、そこにとどまる
ちょっとした
なつかしい瞬間なのです。
スーザン・B・アントニー(1874~1965)
あなたの心にも 大切にしているなつかしい瞬間が きっとあるでしょう。
ときどき、思い出してみませんか。
素敵なことば
わたしは社会にも、自分にも
とてもささやかなゴールを
定めるようになりました
清浄な空気、緑の草
輝いた目を持つ子ども
ひとに強制されない行動
能力に見合った仕事
味のよい食べもの
たまにひとりでいられる片隅。
ポール・グッドマン
(1911~1972)
あなたの生き方も見つめなおしてみてください。
なにか、気づきがあるかも......。
