「見つめる」「見つめない」
住宅街にサルが出没した話を聞いたことがあります。あなただったら、もし、目の前にサルがいたら、とっさにどうしますか?
「目を合わせる」という行為は、互いに「あなたに関心があります」ということを表していることになりますので、愛情を感じている場合は「好意」の表現となり、敵対している場合には「敵意」を表すものとなるのでしょう。住宅街をうろうろしているサルの場合、人間と目が合うと、当然のことながら「敵意」と解して、攻撃してくるということなのでしょうか。
サルのことはさておき、人間にとっても「目を合わせる」「見つめ合う」ということはコミュニケーションの始まりとして、とても大きな意味をもっています。
生まれてまもない赤ちゃんにじっと見つめられた経験をおもちのお母さまは多いと思います。そのときのことを思いだすと、感動がよみがえってくることでしょう。赤ちゃんは母親の目を見つめて、「あなたはだあれ」とたずねているのでしょうか?「私を見ていてちょうだい」と訴えているのでしょうか?それとも「何かお話ししてちょうだい」とお願いしているのでしょうか?赤ちゃんに見つめられると、思わず「なあに?」と笑顔で応じたくなりますね。
もう少し大きくなって、言葉が発達してくると、子どもはまっすぐに親を見つめ、大きく目を見開いて、お話ししてくるようになります。お父さま、お母さま、その瞳をしっかりと受けとめてあげてください。見つめ合って、子どもの言葉に耳を傾けるということだけで、子どもは親の愛情を感じ、大いに満足するのです。
でも、いつもいつも子どもを「見つめる」ことだけが、愛情表現というわけではありません。「見つめない」方がよい場合もあります。親にじっと見つめられることをうるさく感じることがあるからです。このあたりが親子関係の難しいところですね。時にはちょっと視線をずらして、見ていないふりをするのも「センスある子育て」ということになるのではないかと思います。
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